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一枚の絵が、歴史を変える!?

e0148926_17123328.jpg1998年、フランス南部の田舎町ラロック村。
どこにでもあるような、小さくて雑多な中古用品店で
3人の男は薄汚れた一枚の聖母子の絵に出会った。
彼らはこの地にちなんで、その絵をこう名づけた。

『THE MADONNA OF LAROQUE』。
(ラロックの聖母)


最初は「まさか」と思った。

「これを描いたのは、レオナルド・ダ・ヴィンチではないのか」

そう思い始めた瞬間、
この物語は堰を切ったように動き始める。
次々と明らかになるダ・ヴィンチの足跡。
果たしてこの絵はダ・ヴィンチが残した幻の1枚なのか。
世界の美術史を塗り替える歴史的発見を、
私たちはすぐ前にしている。



書籍で語られるラロックの聖母の全貌!
 1998年に発見されてから現在に至るまでの軌跡を
 実際に交わされた会話などを交えリアルに伝える、
 初めての「ラロックの聖母」専門書が発売されます。
 この絵を間近で観たザ・ベストハウスの調査団7名(茂木健一郎、荒俣宏、
 ロンドンブーツ1号2号・田村亮、ほっしゃん。飯沼誠司、緑友利恵)のインタビューも完全収録!
 「ラロックの聖母 ダ・ヴィンチが残した幻の一枚か!?」(発行:幻冬舎) 絶賛発売中!


<「ラロックの聖母」を所有している3人より、視聴者の皆様へ・・・>
 この信じがたい、しかし本当に起きている話を心して観て頂き、
 また、私たちをサポートして頂けること、感謝しております。
 ザ・ベストハウス123のクルーの皆様、本当に有難うございました。
                2009年3月  フランソワ、ギー、ジャックより
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by laroque | 2008-11-20 15:39 | TOP

謎のクロッキー

歴史上の天才に謎はつきもの。当然稀代の天才画家であったレオナルド・ダ・ヴィンチにも多くの謎が残されている。この章ではダ・ヴィンチが残した手稿の中に存在する「ラロックの聖母」と関係が深いと思われる謎をご紹介する。


e0148926_1733627.jpg謎① 聖母子像のクロッキー
ダ・ヴィンチが残した膨大な数の手稿。その中で未完となっているクロッキー(下書き)は数多くあるが、この「ラロックの聖母」の発見により一つのクロッキーに光が当てられた。長年美術界において大きな謎であったこのクロッキーは、なぜダ・ヴィンチがこのスケッチを完成させなかったのか、なぜこのスケッチをもとにした作品が残っていないのか、がしばしば論点となっていた。そして誰一人としてまだこの謎について明確な答えを示した研究者はいない。しかしよく見ていただきたい。このクロッキーに描かれている人物や頭の角度、そして構図を。まるで「ラロックの聖母」の原点がこのスケッチであるとダ・ヴィンチ自らが導いてくれているように見える。










謎②消えた1枚の絵
ダ・ヴィンチの友人的存在である人物の手稿の中に残されている一文が、現在の美術史界で常に議論の的となっている。それは「1478年、レオナルドは現在2点の聖母子像を制作中」というものである。そのうちの1枚は現在ダ・ヴィンチの作品だと証明されているものの中にあるとされているが、もう1枚がまだ見つかっていないのだ。このクロッキーが描かれたのは1478年。つまりその「もう1枚」が、このクロッキーを下絵とした完成作品の可能性があるということだ。このクロッキーに酷似している「ラロックの聖母」が、いまだ発見されていない「もう1枚の聖母子像」であるとしたら・・・?その可能性はまだ誰にも否定されていないのだ。
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by laroque | 2008-11-20 15:22 | 謎のクロッキー

モデルはモナ・リザと同じ!?新たな学説

e0148926_17363717.jpg「ラロックの聖母」が発見されて約10年。多くの研究・分析を経た今も、専門家達はこの絵がダ・ヴィンチのものであるとの明言を避けている。しかし今年、「これはダ・ヴィンチの作品だ」と言い切る、唯一の人物が現れた。それはルネサンス時代の女性像と紋章学を専門とする研究家マイク・フォクト・ルエルセン女史。3人はとにかく絵を見てもらおうと、何の説明書きもつけずに彼女に絵の写真を送った。すると彼女はすぐにこう返事をしたという。「イザベラ・ディ・アラゴンの写真を送ってくれてありがとう」———イザベラ・ディ・アラゴン———。ミラノのスフォルツァ宮殿に17年間暮らしたナポリ王の娘。彼女はこの絵に描かれたマリアのモデルはイザベラ・ディ・アラゴンであり、これを描いたのはダ・ヴィンチであると確信している。根拠として挙げたのはマドンナの頭に輝く王冠の模様。これはスフォルツァ家とアラゴン家の紋章を組み合わせた模様であり、それを絵画に反映させたのはダ・ヴィンチしかいない、という事実。また、当時は王女をモデルにして絵を描くことは弟子クラスの画家には許されておらず、この絵がこれまでの研究により「ダ・ヴィンチのアトリエから出たものである」ということならば、それを許されたのはダ・ヴィンチしかいないという根拠。さらに、イザベルと夫であるジャンガレアッツォとの結婚式を企画・演出したのも、なんとダ・ヴィンチだったと言う。彼女はこうも続ける。先述したマドンナの頭に輝く王冠の模様がモナ・リザのドレスに描かれているものと酷似していることから、なんとラロックの聖母に描かれているマリアとモナ・リザのモデルは同一人物であり、その人物こそがイザベル・タラゴンだというのだ。これが事実ならば長年論争を呼んでいたモナ・リザのモデルさえもはっきりすることになる。
ルエルセン女史は11月5日にこの仮説を公の場で発表した。その反響は大きく、今後も「ラロックの聖母」の真実を明らかにするための説のひとつとして重要視されている。
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by laroque | 2008-11-20 15:22 | モデルはモナ・リザと同じ!?

科学的分析

絵画の真贋判定において柱となるのは専門家の見解ともう1つ、科学的な証明である。「ラロックの聖母」もこれまでに多くの科学的分析を行ってきた。この章ではそんな現代の最新科学によって実証された事柄を年代順に記していく。

1999年 12月 CNEPによるX線分析
3人が次に求めたものは、絵がダ・ヴィンチ作品であるという科学的根拠。そこでフランスのクレルモンフェラン地方にあるCNEP(CENTRE NATIONAL DE PHOTOPROTECTION)に「ラロックの聖母」を預けた。その精巧さから世界にも名を知られるCNEPでX線分析を行い、絵の具などの素材から年代を特定するためだ。結果、CNEPのルメール教授は「この絵は15世紀の終わりか、16世紀の初めに描かれたものである」と断定した。さらにはこの絵に使用されている「黄色」が、卵の黄身を使用したテンペラ手法であることも判明。その手法は、まさしくダ・ヴィンチが活躍した時代によく見られたものであった。しかし科学技術の力に驚くのはこれだけではなかった。なんと描かれている聖母マリアの口元に、何度か書きなおされた跡が発見されたのだ。ダ・ヴィンチは「微笑み」の表現にこだわったことで知られるが、この絵に隠されていた「何度も書き直された口元」は何を意味するのか・・・?それは2004年に明らかになる。

e0148926_17295016.jpg2004年 4月 「エディテック研究所」による赤外線分析
その年、「ラロックの聖母」はダ・ヴィンチ研究家セラチニ氏のラボ、エディテック研究所にあった。何度も書き直された口元に何が隠されているのか。この謎を解くため、赤外線・放射線・紫外線・X線により分析。その結果、マドンナの口元の下には、なんと目に見える笑みとは異なるオリジナルの微笑みが描かれていることがわかった。その微笑みこそまさしく、ダ・ヴィンチ作品にたびたび表現されている“ダ・ヴィンチスマイル”ではないのか?この発見により、口元の表現に違和感を感じていた専門家たちをも納得させられる材料がそろったのである。
e0148926_17305264.jpg2007年 12月 「ルミエール・テクノロジー」でマルチスペクトラル技法による撮影
パリのルミエール・テクノロジーにおいて、画像の最小要素を引き伸ばして見ることができる特殊技術を用いて絵の下に描かれた詳細を正確に撮影。この技術はマルチスペクトラル技法と呼ばれ、特殊なカメラによって絵画のピグメントまでを鮮明に引き伸ばすことができる。修復作業を行っていないこの絵はまだ薄暗く細部に何が描かれているかが肉眼では確認しずらいが、この分析により絵画の右上部に水鳥が描かれていたことが確認できた。
水に関するスケッチを数多く残したダ・ヴィンチ。この発見で、ダ・ヴィンチにより近づいたと言えよう。



2008年 初頭 ローマ警察による指紋検査
ダ・ヴィンチ博物館館長であるアレッサンドロ・ヴェッツォーシィ氏が、イタリアのCHIETLIにあるGABRIEL D’ANNUNZIO大学の人類学者のルイージ・カパッソ教授に依頼し、ついにローマ警察の化学部門が動きを見せた。
ローマ警察にはこれまでのダ・ヴィンチ作品から採取した200個にも及ぶ指紋が保存されている。つまり絵画についている指紋と、ローマ警察に保存されている指紋を比較、検証しようというのだ。残念ながらラロックの聖母には指紋が残されていなかったが、重要な手がかりがこの絵から発見された。それは手のひらの「掌紋」である。筆だけでなく、指や手のひらを使って繊細な表現を得意としたダ・ヴィンチ。彼の手のひらの跡が作品に残っていても不思議ではない。しかし、過去に掌紋は採取していなかったため、正真正銘のダ・ヴィンチ作品から掌紋を探すべく、現在も作業が進められている。

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by laroque | 2008-11-20 15:21 | 科学的分析

専門家たちの見解

レオナルド・ダ・ヴィンチの作品であることを証明する術を持ち合わせてはいない彼らは絵を撮影して、その姿かたちをルーヴルに収められたダ・ヴィンチ作品と見比べるなど、手探りで調査を開始した。しかし、素人同然であった彼らの調査が行き詰るのにそう時間はかからなかった。そこで彼らは絵を専門家に分析してもらうことにした。この章では1999年からいくつも発表されてきた、「ラロックの聖母」にまつわる専門家たちの見解を年代を追って記す。

e0148926_17234220.jpg1999年6月 ダ・ヴィンチ研究の大家ダニエル・アラス(故人) 
くわしい分析を求めて、3人は絵の写真を添えた手紙を数人の専門家に送った。そのなかの一人であり、イタリア・ルネサンスを専門とする美術史家、ダニエル・アラス氏。「科学的な分析を前提とするものの」という条件つきではあったが、「この絵がダ・ヴィンチ風である」ときわめて前向きな言葉を、手紙を介して3人に伝えた。ダ・ヴィンチ作品かどうか半信半疑であった3人の背中を押した重要な発言。





1999年 夏 世界各国の有名美術館
ダニエル・アラス氏の発言により自信をつけた3人は、絵の写真を世界各国にある有名美術館にあてて送ることにした。ロンドンのナショナルギャラリー、ワシントンのナショナルギャラリー、バチカンミュージアム、ニューヨークのメトロポリタンミュージアム、ハーバード大学、イタリア文化庁などの権威ある機関は、口をそろえてこう述べた。「もっと進んだ分析が必要だが、この絵はダ・ヴィンチスタイルのものである」。その後何人かのダ・ヴィンチ専門家に見てもらったところ、「ダ・ヴィンチの弟子の作品である可能性」が示唆されたが、「ダ・ヴィンチの作品ではない」と言い切るものは誰一人としていなかった。

1999年 末 再度ダニエル・アラス
研究をはじめて約1年。専門家の発言が重なるにつれ、フランスのメディアもこの絵をニュースとして報道し始めるなど、3人の周りはにわかに騒がしくなっていた。そんな折、フランスのドキュメンタリー番組で特集が組まれた。そのなかでダニエル・アラス氏は「1490年から1495年にダ・ヴィンチのアトリエで描かれたものだ」とはっきり述べた。弟子の作品である可能性は残されたものの、公の場でこの絵がダ・ヴィンチ、またはレオナルド派によるものだと発言されたのは、これが最初のことであった。

e0148926_1726827.jpg2005年 ダ・ヴィンチの大家カルロ・ペドレッティ
この年、はじめて絵がダ・ヴィンチの一番弟子、GIAM PIETORINOによるものだという見解が発表された。発言したのはダ・ヴィンチ関連の書物を150冊以上も執筆している専門家カルロ・ペドレッティ氏。これにより弟子の作品である可能性がクローズアップされたが、状況はすぐに一転する。弟子の作品であると示唆した本人、カルロ・ペドレッティ氏が、ダ・ヴィンチ博物館の館長であり、ダ・ヴィンチ作品における権威者であるアレッサンドロ・ヴェッツォーシィ氏とともに、「これは弟子の作品ではなくメートルのものだ」との意見を述べたのだ。メートルとはイタリア語でマエストロ、日本語で先生との意味を持つ。これが真実であれば美術史が大きく塗り替えられるのは間違いない。
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by laroque | 2008-11-20 15:18 | 専門家の見解

発見までの経緯

e0148926_1718136.jpgフランソワ・ルクレー、ギー・ファダ、ジャック・プルースト。フランスはモンペリエ近くにあるラロック村に住む3人の男たち。彼らは蚤の市や古美術商、中古のガラクタ店をまわっては何か面白いものはないかと物色する事を日々の日課にしていた。

その出会いは、足音もなく3人の前に訪れた。1998年10月12日。その日も彼らは愛しいガラクタを求めて、朝から活動を開始していた。しかし興味をひくモノがなかなか見つからない。これが最後、と少し回り道をして町の小さな中古用品店に足を運んだ。骨董品店というより、リサイクルショップのようなゴチャゴチャとした店内には、古ぼけた時計や汚れた机、型落ちした家電が所狭しとひしめき合っていた。そこで男たちが目を止めたのは、大きな柱時計の横、古い冷蔵庫の上に鎮座していた49×59cmほどの小さな絵画。何年も売れ残っていた様子の絵は、まるでタールの塊のように暗く薄汚れていて、もはや何が描かれているのかもわからないほど。価格は2000フラン。「どうせどこにでもあるようなガラクタだ」。軽い気持ちで値切り交渉を持ちかけると、店主もその絵の価値をはなから信じていなかったのだろう、1500フラン(日本円にして約3万円)であっさり値段交渉は成立。こうしてその絵は男たちの手に渡った。当然、この絵が誰の手によるものかなんて知る由もない。

その帰り道、たまたま通りすがった近所の友人がその絵に興味を持ち、フランソワの家でお披露目会をすることになった。するとその友人は絵を見た瞬間にこう言った。「レオナルド・ダ・ヴィンチを彷彿とさせるわね」。この言葉が全ての始まりだった・・・。

2、3週間後。彼らはこの絵をクリーニングすることを思いつき、年月をかけて真黒に汚れていった絵を丁寧に洗い始めた。やがてその姿が徐々に現れるにつれて、男たちの間に言いようもない緊張感が漂い始める。姿を現したのは口元にやわらかな笑みを浮かべながら、赤ん坊であるイエスに乳を与える聖母マリアだった。その横にはそっと寄り添うヨハネの姿も。しかもその絵にはイタリアのルネッサンス時代によく描かれた、ピラミッド型の構成がはっきりと表れていたのだ。
また、この絵の下地になっている板を見たとき、箪笥職人であったフランソワが衝撃の発見をする。職業柄、木材にくわしい彼は、その板がとても古いものであることに気づき、さらに「モナ・リザ」が描かれている木材と同一であることを突き止めたのだ。
「これはどんなに新しく見積もっても、17世紀以前のものだろう。」
いつからか3人の脳裏に同じ考えがよぎるようになっていた。まさか。でも、ひょっとすると・・・。いや、でもまさか。誰がいちばん最初に口にしたのか、今となっては定かではない。しかしおそらく3人の男たちは、ほぼ同時に同じ期待を抱きはじめていた。

「この絵はレオナルド・ダ・ヴィンチの作品ではないか」

e0148926_17184993.jpgイタリアのルネサンス期を代表する、言わずと知れた天才画家。彼らは恐れ多くも、この絵がダ・ヴィンチ、またはレオナルド派の手によるものだとの想いを持ち始めた。その想いはやがて、次々と明らかになる真実によって揺るぎない確信に変わっていくのだが、それはまだ少し先の話。

1999年。3人の男たちの長く厳しい、しかしロマンにあふれた冒険記がスタートをきった年だった。
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by laroque | 2008-11-20 15:15 | 発見までの経緯

3人からのメッセージ(募金先)

私たちは、10年前から始まったこの「ラロックの聖母」を巡る素晴らしい冒険を、皆さまとともに分かち合える事を大変嬉しく思っております。

発見されて以来、我々が行ってきた科学的調査により、この絵がルネッサンス期の巨匠の作品であることが既に判明しています。(カルロ・ペドレッティ氏、ダニエル・アラス氏、そしてアレッサンドロ・ヴェッツォーシィ氏らの専門家たちは、この絵が巨匠、レオナルド・ダ・ヴィンチのアトリエで描かれたという見解を示しています。)

しかしまだ、ダ・ヴィンチのアトリエの中の、一体誰が「ラロックの聖母」を描いたのかという謎が残ります。弟子たちの誰かなのでしょうか、それともダ・ヴィンチ本人によるものなのでしょうか?

イタリア絵画において優れた研究家達と、500年前に多くの謎を残して逝ったレオナルド・ダ・ヴィンチの痕跡を頼りに、、我々はこの謎に挑み続けたいと思います。そのためには最新技術や専門家の知恵に頼らなければなりません。この研究は経済的、そして、人的な協力を必要とします。もし皆さまの中で我々の研究にご協力くださる方がいらっしゃいましたら(寄付、スポンサーシップ、大学の研究など)、ぜひお力をお貸し頂きたいと思います。

<募金先>
研究資金のための募金を集めております。

■ゆうちょ銀行からお振込の場合
 ゆうちょ銀行 渋谷橋店
 口座番号 00130-3-392310
 口座名称 マドンナオブラロック研究基金
 ※お近くのゆうちょ銀行または郵便局の貯金窓口(ATMでも可)で、
   払込用紙に送金額と料金を添えてお申込みください。

■他の金融機関からお振込の場合
 店名(店番) 0一九(ゼロイチキュウ)店(019)
 貯金種目 当座
 口座番号 0392310

 ※金額は問いません。(下限、上限金額なし)
 ※送金の際の手数料はご負担願います

<お問合せ>
■研究内容やスポンサーシップなどについて
 lamadonelaroque@aol.com
 ※但し、問合せは英語でお願い致します。
  返信も英語になります。

■メディアでの紹介などについて
 info@laroque.tank.jp

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非営利団体 LES AMIS DE LA MADONE DE LAROQE
(ラロックの聖母の友人)
【代表】
Francois LECLERC(フランソワ・ルクレー)
Guy FADAT(ギー・ファダ)
Jacques PROUST(ジャック・プルースト)
【活動内容】
・ルネッサンス絵画の研究及び支援
・「ラロックの聖母」の起源を知るためのリサーチ活動
【ラロックの聖母 研究基金の使途】
「ラロックの聖母」の起源を知るための更なるリサーチ費用と研究費用
※基金については、「ラロックの聖母」に限って使用させて頂きます。
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by laroque | 2008-11-20 15:13 | 3人からのメッセージ(募金先)
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★2009年3月11日フジテレビ
「ザ・ベストハウス123」にてラロックの聖母が再び取り上げられました!歴史家マイク・ルエルセン女史がこれまでのダ・ヴィンチの定説までをも覆す意見を発表しました。
  
★2008年11月26日フジテレビ
「ザ・ベストハウス123」にて初めてラロックの聖母が取り上げられました。茂木健一郎氏と荒俣宏氏を筆頭にフランスとイタリアを股にかけた大規模なロケが敢行され多くの反響を呼びました!
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